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坂原秀尚監督は漁港でバイトや生徒のため4回引っ越し!「下関国際監督は生徒思い」

スポーツ選手

高校野球で下関国際高校を決勝まで導いた坂原秀尚監督。ここに来るまでには大変な苦労があったといいます。それもすべて野球部員のため。野球を頑張る子どもたちのために漁港でアルバイトをしたり家族がいるにもかかわらず引っ越しを4回もされてたのだとか。

下関国際高校・坂原秀尚監督は漁港でアルバイト「遠征を自分で稼ぐため」

チームを強くするため大阪や東京など県外のチームとも積極的に試合を組むようにした坂原監督。そうするとお金がものすごくかかります。近隣の学校へ行くときはマイクロバスを利用していましたが、それでもガソリン代や高速代で2万円ほどはかかってしまいます。野球部として次のように決めたのですが、それでもお金が足りません。

  • 遠征費は毎月3000円部費として徴収
  • 泊まりの場合の宿泊費はご家庭で負担
  • 東京には北九州空港から行く

そこで坂原秀尚監督がとった行動が年末に「マルハニチロ」さんで冷凍した魚を冷凍庫から下ろすアルバイトをすること。子どもたちが強くなるため、いろいろな知恵と工夫をされて乗り切ってこられたようです。

坂原秀尚監督は生徒のために4回引っ越し「ご家族の理解がすごい」

坂原秀尚監督は今まで4回の引っ越しをしています。自分のためではなく全て野球部の生徒のため。ご家族の理解もあるのでしょうね。

下関国際高校には野球部の寮がありません。しかしながら県外から下関国際高校で野球をしたいという生徒も多数入学します。これは今年のメンバーの出身地が書かれたもの。

18人中で17人が県外出身者。県外から来た生徒は野球をするためにアパートを借りなくてはいけません。そこで坂原監督は生徒たちが住むアパートの目の前の物件に引っ越すのだそう。その引越代金はボーナスから出しているとのことです。

坂原秀尚監督が野球部を立て直す「リアルrookies」

広島出身の坂原監督。一度は広島の大学に入学しますが、教員免許を取るために東亜大学に編入します。坂原監督は下関国際高校の不祥事の影響で指導者がいないという話を聞き、自ら自分を売り込み2008年5月に下関国際高校の監督に就任、指導をスタートさせます。

当時の野球部は荒れ放題。就任前には部員の集団万引が発覚し山口大会抽選会直前で出場停止処分に。どんどん部員はやめていき最終的には一人になってしまいます。道具の使い方やマナーを教えるとめんごくさがってやめてしまったりと、指導は大変苦労されたそう。

そんな状態からチームを準優勝まで導いたのですから、まさに「リアルrookies」ですね。

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