女優ののんさんがエージェント契約を結んでいる株式会社スピーディーの創業者である代表取締役社長をつとめている福田淳氏。福田氏が旧ジャニーズ事務所の新会社の社長に就任するのではと言われています。今回は福田淳氏の経歴や年収について調べてみました。
福田淳の経歴「順風満帆なキャリア」
福田淳氏は日本大学芸術学部卒業後、1988年に東北新社に入社、その後スターチャンネルに出向しています。その後の経歴を時系列にまとめてみました。
1988年 株式会社ソニー・ピクチャーズエンタテインメントの日本子会社に入社
「アニマックス」や「AXN」の立ち上げに関わる
2007年 ソニー株式会社の100%出資子会社の株式会社ソニー・デジタル
エンタテイメント・サービスの社長に就任
2017年 株式会社スピーディー設立し、社長に就任
株式会社スピーディーは女優の「のん」さんのマネジメントや、その他の芸能人や有名人の出演契約の整理や管理を行っています。
福田淳の学歴「医者を多く輩出する中高一貫校」
福田淳氏は大阪府高槻市出身。経歴でも触れましたが日本大学芸術学部を卒業していますが、中学校と高校は医者をたくさん輩出している学校に通っていたようです。
その学校は明らかになっていませんが、男子校で同級生には医者を目指す人や医者の息子も多くいて、京大や阪大に進学するのが当たり前の環境だったようです。
しかしながら福田淳氏は学生時代からエンターテイメントが好きで、ラジオドラマが作りたかったこともあり放送部に入部。通常は高校一年生が部長になるところを中学3年生で部長に抜擢されます。
当時からリーダーシップがあったようですね。
とにかく行動力があり、新しいことをするのが得意だった福田淳氏。ここでいくつかエピソードをご紹介したいと思います。
・放送部時代、給食の時間にかける曲はクラシックでしたが、福田氏は当時流行していた曲
をかけたところ、先生から呼び出し。「音楽の定義は?」や「クラシックをかけないと
いけない理由は?」と先生につめより論破。
・近所のラジオ局に自作のラジオドラマを売り込む。当時はまだ中学生でしたが、ラジオ局も
快諾し、放送されたとのこと
・自作映画にハマり東京の有名監督の自宅に映画を売り込む。その結果、ある監督から気に入られ
30万円という大金をもらい16ミリで映画をとるように指示を受ける。
結果としてうまくはいかなかったそうなのですが、経験と技術を手に入れた
このような経験があり、高校卒業後は「映画監督になりたい!」と考えますが、先生から猛反対を受けます。しかし、父親は賛成してくれていたようで、学校に乗り込み先生を説得してくれたとのこと。そして晴れて日本大学へ進学することができました。
福田淳氏の年収
株式会社スピーディーは上場企業ではないので役員報酬は明らかにされていません。そこで他の芸能事務所と比較してみたいと思います。
・ソニーグループの社長である吉田憲一郎氏が18億
一時期はその子会社である株式会社ソニーデジタルエンタテイメント・サービスの社長に就任していた経歴を持つ福田氏。その当時で1億円以上あったと言われています。
規模が違うので一概には言えませんが、株式会社スピーディーは芸能人のコンサルティングだけでなく様々な事業を展開し、いずれも黒字とのことで儲かっているのではないでしょうか。そして福田淳氏自身も書籍を出版していて、そちらも好調のようです。
前職の年収を軽く上回っているのではないでしょうか。
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